JAMBO!

北国の女子大生。ケニアやその他海外について!

フィジー、次はいつ行こう。

Bula! (English after Japanese)

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フィジー語であいさつしてみました。

写真は、フィジーにもうすぐ到着!という時の船から撮った写真です。

I said "Hello" in Fiji language.

This is a photo I took from the ship when it was almost arrived at Fiji.

 

先日、船で書いていた日記を見返してみました。

忘れてかけていた記憶が、色々と思い出されました。

せっかくなので、そんな思い出の一つ、フィジーでの出来事をシェアしたいと思います。

A few days ago, I reread my diary I wrote on the ship.
It reminded me a lot of wonderful memories Some of these were memories I'd almost forgotten.
So today, I would like to share on of these my memories, experiences in Fiji.

 

そもそも、皆さんフィジーがどこにあるかご存知ですか?

At first, do you know where Fiji is?

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はい、ここです!

南太平洋の、オーストラリアの東側にある島国です。

Well, Fiji is a island country which places at Sauth Pacific Ocean. (Red circled one on the above map)

 

ざっと、フィジーの説明をします。

Now let me introduce Fiji briefly.

 

 

フィジー共和国 🇫🇯

・面積  四国とほぼ同じ(島の数 : 約330)

・人口  約89.2万人(2015年)

・首都  スバ

・民族  フィジー系 57%、インド系 38%、その他 約5%

・言語  英語(公用語)、フィジー語、ヒンディー語

・宗教  フィジー系はほぼ100%キリスト教、インド系はヒンズー教イスラム教。全人口に占める割合はキリスト教52.9%、ヒンズー教38.2%、イスラム教7.8%、その他。

・産業  観光、砂糖、衣料が三大産業

(データは外務省のHP参照)

 

Republic of Fiji

・Area  18,274 ㎢ (The number of islands: about 300)

・Population  about 892 thousand people (2015)

・Capital city  Suva

・Ethics groups  Indigenous Fijian 57%, Indian 38%, others about 5%

・Languages  English (official language), Fijian, Hindi

・Religions  Christian 52.9%, Hindu 38.2%, Muslim 7.8% and others. (Almost all the Fijian are Christian. Indian are Hindu and Muslim. )

・Main Industry  Tourism, sugar and clothes.

(Ministry of Foreign Affairs of Japan)

 

 

さて、フィジーがどんな所だったかお話しますね。

So I will talk about my experiences in Fiji.

 

(2017/2/17-2/20)

1. 気付いたらホームビジット

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首都のスバから、バスで揺られること2〜3時間、自然溢れる田舎の村に到着。

 

村をひと通り案内してもらったあと、一人で散歩してました。

すると、すぐにフィジー人が話しかけてきました。

「どこ行くの?村を案内するよ!」

30秒後には彼の家に到着。

奥さんと、二人の子供たちもとってもウェルカム。

奥さんが庭にいる家畜を見せてくれたり、ジュースをくれました。

子供は、見知らぬ外国人に好奇心いっぱいでした。

でも、テレビの「ライオン・キング」と気になる様子でした。

お母さん曰く、息子さんはライオンキングが大好きなんだとか。

 

それにしても、見知らぬ人をそのまま家に招き入れてくれて、このように迎えてくれることにはただただ驚きます。

楽しかったです。

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1. Visiting locals 

It took two to three hours by bus from capital city, Suva. We arrived one rural village.

 

First local people guided us village briefly. After that I just walked around by myself.

Soon one locals spoke to me. 

"Where are you going? I will guide you."

Thirty seconds later, we arrived his house.

His wife and two kids welcomed me.

She showed their pigs and gave me juice.

Children were interested in strange foreigners.

When I visited, they watched "The Lion King" on TV. According to their mother, they love it so much.

 

Anyway it was surprising and happy that they welcomed me warmly although I was a stranger, wasn't it?

I enjoyed spending time with them so much.

 

2. 村の子供たち

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シャイな子供が多いのですが、次の瞬間にはみんな笑顔でケラケラ笑っています。

いつの間にか子供だらけという状態です。

やっぱり子供って写真好きだなーと思いますね。

2.  Children in the village 

Many Fijian children were very shy. But after a few seconds, they smiled and laughed.

Then I found that I was surrounded by many kids.

Fijian children also looked like photos as other countries children.

 

3. 日曜日のスバ 

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びっくりでした。

日曜日は、大きなモールを除き、99%のお店が閉まっています。

日曜日は”休む日”だから、みんな働かないらしいです。

店も閉まっていて、人通りもほとんどなく、町はとっても静かでした。

3. Suva on Sunday 

I was surprised because most of stores were closed except for the big mall.

I heard that Sunday is a holiday so people don't work.

There were just a few people on the street. It was really quiet.

 

4. お寿司としゃぶしゃぶ

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スバのモールの中に、回転寿司風のお店を発見。

お寿司と、さらにしゃぶしゃぶも食べることが出来るレストランでした。

コンベアにはお寿司と、しゃぶしゃぶの具も回っています。

お肉だけは、オーダーすると渡してくれます。

お寿司は、日本のよりは味は落ちますが、それでも美味しかったです。

4. Seemed sushi restaurant 

We found restaurant seemed they offered sushi in the mall. 

They offered sushi and also shabu-shabu, which is Japanese dishes, a type of hot pot.

There were sushi and some vegetables for shabu-shabu on the conveyor.

If you want beef for shabu-shabu, you can order it then cook will give you.

Honestly I prefer Japanese one but still it was delicious.

 

5. 朝の散歩

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フィジーは、フレンドリーな人が多いです。

「どこ行くの?あの船に乗ってきたの?」

歩いていると、そんな風に声をかけられます。

道案内もすぐにかってでてくれます。

みんな優しい!

5. Friendly people 

One morning, I just walked around along the sea. 

Soon people spoke to me "Where are you going? Did you come here by that ship?" 

Also they offered guiding me.

They were so kind!

 

6. カバ

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ヤンゴーナと呼ばれる南太平洋に生育する胡椒科の木。その木の「根」の部分を乾燥させ、さらに砕いて粉末にしたものを、水で濡らし汁を絞り出し飲むのが「カバの儀式」です。

(トーホートラベル)

 

フィジーで3.4回は飲みました。

飲んだ後、舌が少しピリピリします。

 

味は…

 

ぜひフィジーに行った際に、自分で確かめてみて下さい。笑

6. Kava

Your first night in Fiji, you're apt to discover than Fijians have a thing for a not-altogether appealing drink called kava. They consider it their "national drink" and enjoy it religiously and with great ceremony for its mild sedative (some say euphoric) effect.

(https://www.tripsavvy.com/enjoying-kava-fijis-national-drink-1532876)

 

I tried it three or four times in Fiji.

After drinking it, my tongue was little bit tingling.

 

How was the taste?

 

Please try and feel it by yourself in Fiji!

 

7. マーケット

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野菜、果物、魚…いろんな食べ物がわーっと売られています。

日本では見たことのない果物なんかも沢山あるので、歩くだけでも楽しいと思います。

7. Local market 

There were various vegetables, fruits and fishes. 

You can buy these tropical vegetables and fruits, or you can just enjoy watching.

 

8. モールのスーパー

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上の写真のようなマーケットしかないと思った方もいるかもしれませんが、こんなスーパーも普通にフィジーにあります。

日本のスーパーと変わりません。

なんでも揃ってます。

8. The supermarket

There are not only local market but also supermarkets like above photo in Suva. 

You can buy almost everything there.

 

3泊4日は、あっという間でした。

ちなみに、フィジーが「世界で一番幸せな国」と言われていることはご存知でしょうか。

(http://m.huffingtonpost.jp/yuma-nagasaki/world-happiness-survey-2017_b_13964526.html)

”経済的な豊かさ=精神的な豊かさ”、そうではないことはずっと前から感じています。

例えば、これだけ経済的に発展した日本で、毎年たくさんの人が自ら命を落とすのはなぜだろう。そんな風に思ったことのある人は少なくないのではないでしょうか。

では、”幸せ”とは何でしょう?

 

これは、人によってもちろん違いますよね。

でも、そんな違いの中にも共通することもあるのかなぁと思います。

フィジーには、そんな”幸せの秘密”みたいなものが隠されているのではないでしょうか。

そんなわけで、フィジーで”幸せ”についてもっと知りたいので、近々またフィジーに行きたいと思います。

 

最後に。

フィジー楽しそう!面白そう!と思った方。

この本もとってもおすすめです。

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(https://www.amazon.co.jp/世界でいちばん幸せな国フィジーの世界でいちばん非常識な幸福論-永崎裕麻/dp/4902097982)

きっと、この本を読むとフィジーに行ってみたくて仕方なくなります。笑

おすすめです。

 

今日も、最後まで読んでいただきありがとうございました!

 

Staying Fiji three nights was really short for me.
By the way, do you know that Fiji are called happiest countries in the world?
(https://www.lonelyplanet.com/fiji/travel-tips-and-articles/10-reasons-fiji-is-one-of-the-worlds-happiest-countries/40625c8c-8a11-5710-a052-1479d2766cd3)

I don't think "material wealth equal spiritual richnes". 

For example, Japan developed enough economically, but every year many people died their selves. This fact is really sad and strange, don't you think so?

Then, what is the real "happiness"?

 

Maybe the answer is different by each person.

But I think still there are some common points among all the people.

In Fiji, I wonder if we can find something like secret of happiness.

Because of this, I want to back to Fiji someday soon.

 

Thank you very much for reading!

 

 

これから。

Jambo! (English after Japanese)

 

お久しぶりです。

 

時が経つのは早いもので、帰国してから2ヶ月が経とうとしています。

 

今日は、ただ、私の近況報告します。

 

9月末、ケニアから3ヶ月ぶりに帰国。母国に帰ってきた安心感、そして家族や友達との再会は本当に嬉しかったですね。そしてすぐに函館へ。

10月、大学に戻りましたが、予想していた通り、知っている人が全然いません。(先輩の代は卒業してるし、同期とか1個下はほとんど授業がない。)やっぱり、ちょっと寂しいです。

そして10月中旬〜現在、休学前に働いていた居酒屋でバイト再開。夜はバイト行って、日中は少しだけ学校行って、バイトない日は遊んで…最近はそんな日々です。

 

問題はここからで、

「大学卒業したらどーする?」

ということです。

  

現在大学3年生。

世間の大体の大学3年生は、”就活”を始め出す時期です。

 

私も大学卒業したら働こうと思っているので、みんなの動きを観察したりするわけです。

就活サイトに登録したりとか。

 

 

でも、スーツ着て、硬いカバン持って、髪は黒くしてピタッとさせて、そんな風にして仕事探しとかしたくないなぁというのが本音です。

もっと自由がいい。

窮屈すぎる。

  

形だけでなく、”みんなと同じ行動をとる”という行動自体が私には窮屈に感じます。

”休学”という、少しだけ敷かれたレールから外れる選択をしてみて、それがとんでもなく面白かった。

毎日が濃くて、刺激的で、新しい出会いの連続で、楽しい思い出も、辛い思い出も…

全てが私を成長させてくれました。

だから、”就活”というレールに戻りたくないんです。

 

 

はい、ちょっと話が逸れましたが、海外で就職したいと思ってます。

新卒で海外は中々難しいらしく、色々探し中です。

そして、ネットや人からたくさん情報を集めています。

そうすると、新卒で海外も可能性がゼロではないことは分かってきます。

ただ同時に、別の問題も発生します。

それは、情報を集めれば集めるほど、自分が本当にやりたいことが見えにくくなってくるということです。

必要な情報を集めるのが下手で、情報を集め過ぎているのかもしれないし、探す情報の幅が広すぎるのかもしれません。

 

ちなみに海外で働きたい理由は、

単純に海外が好き

海外に住んでみたい

海外の方が自由で自分にあってそう

同調圧力の強い日本は息苦しい

”空気を読む”日本の文化が苦手

はっきり言う方が得意

そんな感じです。

 

 

ずっと国際協力やりたいと思ってたのに、最近はそんな国際協力の負の面ばかり気になっています。

途上国の人々の暮らしがもっと良くなってほしい

その思いは、17歳の頃から変わりません。

でも、今の国際協力の在り方に疑問を感じ始めた今、じゃあどうすればいいのか、というのが分かりません。

そもそも、「私は国際協力をやるんだ!」という思いに取り憑かれて、他の選択肢が見えなくなっているような気も…。

 

悩みまくりです。

どうやったらこのモヤモヤから抜け出せるんだろうと…。

 

 

悩みを吐き出しただけになってしまいましたが、今日はこの辺で!

読んで下さりありがとうございました。

 

 

Long time no see.

 

Almost two months has passed since I backed from Kenya to Japan. Time flies.

 

Today I'd like to just tell you my recent situation.


The last of September, I'd backed Japan from Kenya in first three months. I was so happy to meet my family and friends again. Soon I moved to Hakodate, where my university places.
In October, I have backed university. But as I thought, there are a few friends there.( Because my seniors already graduated and same age's friends don't have many classes anymore.) I feel little isolated.
From the middle of October, I restarted part time job at the restaurant. So recently I work at night, sometimes go to school at daytime and sometimes I hang out with my friends.

 

 Well, my annoying affair is
"What will I do after graduation?"

Now I am third year.
In Japan, generally it is time for third year students to start job research.

I'm thinking that I want to work after graduation so I tried to do it same as many students.

 

But honestly I don't want to search jobs such like this. Wearing suit, having hard bag, arranging my hair totally black and tight...
It is too stiff, isn't it?
I want to do it more freely.

 

Also, the act itself that do the same thing as majority people is stiff for me.
Once I chose 'taking a gap year', which is the option not many Japanese people choose. It was as if I was out of 'rail'. It was really amazing and wonderful. Everyday was interesting and stimulating. I met many wonderful people. I had both good memories and bad memories. All the experiences made me improved.
That's why I don't want to search job which means kind of 'rail' for me.

 

Anyway, I'm thinking about working abroad.
Finding jobs in abroad seems does not easy for fresh from university.
Now I try to search and collect informations on the internet and sometimes by my friends.
I found that it wasn't impossible to find jobs in abroad for fresh from university.
But at the same time, I'm struggling another problem.
It is like this. More and more information I collect, more and more difficult for me to find job I really want.
Maybe I've collected too much information or I am not good at collect good informations.

 

By the way, reasons why I want to work abroad is...
I just love foreign countries
I want to live in abroad
probably foreign countries are more suitable for me (atmosphere seems more open)
I hate peer pressure in Japan
I'm not good at taking a hint without talking, many Japanese do it though
I prefer to say clearly rather than taking a hint

 

Although long time I've wanted jobs related international cooperation, recently I doubt it.
"Is it really useful for the local people?"
Such like this.
I hope better life of people especially in developing countries.
This desire haven't changed since I was seventeen.
Recently I doubt current international cooperation. But I don't know what is the best way for people in developing countries.
One book even said we should change our minds like 'what can we do for poor people?'.
I wonder if we should change our life before try to support developing countries...
Also perhaps I'm too stuck with my mind 'I want jobs related to international cooperation!' then I can't see other options...

 

I'm thinking...I'm struggling...
How can I overcome it?

Today I just tell you my job hunting problem though.
Thank you very much for reading!!!

休学したら、”自分が好き”と思えるようになった。

Jambo! (English after Japanese)

 

北海道は日に日に寒くなってきました。

 

さて、今日は休学して”私がどう変わったか”について。

3ヶ月半バイト、1ヶ月船旅、2ヶ月半バイト、3ヶ月ケニア

そんな1年間の休学生活でした。

6つに分けてお話します。

 

1. 自信がついた

”休学”という選択肢も、船もケニアも、誰もが通る道ではなく、いわばレールから外れた道でした。それだけに、不安もありましたし、失敗しても自己責任だと思っていました。だからこそ、そんな自分で選んだ道を無事に通ることができて、自信がついたのかなと思います。

上手くいかない日も、壁にぶつかることもたくさんありました。そんな時は周りのたくさんの人に支えられながら、壁を越えてきました。

挑戦して、失敗して、また挑戦して、上手くいって…そんな繰り返しでした。

 

2. なんとかなる精神

もともと、「まぁ、なんとかなるでしょ。」そんな感じの性格でしたが、それが加速しました。

数々のトラブルや失敗を乗り越えたてきたので、そう思えるのだと思います。

何かにぶち当たっても、「あんなトラブルも、あんな辛いことも乗り越えることができた。だから今回も大丈夫だろう。」そう思えます。

ケニアで言う Hakuna matata (ハクナマタタ:No problem )ですね。笑

 

3. 焦らなくなった

ケニアから帰ってきて、焦りやすかった性格は変わったと思います。時間の感覚がゆっくりで、人が歩くのもゆっくり。初めは、日本と感覚が違い過ぎて戸惑っていました。しかし、それも気付けば慣れるもので、もはや焦る意味が分からなくなりました。「自分のペースで、無理せず進めばいい。」そう思います。焦らなくなったおかげで、心にもゆとりが持てます。

「もっと落ち着いて!そんなに焦ってどうするの?」過去の自分にそう言いたいです。

 

4. 英語がちょっと話せるようになった

船は1日の半分以上が英語で、ケニアはほぼ英語のみでした。特にケニアは、基本的に周りに日本人がいなかったので、英語でコミュニケーションをとるほか、選択肢がありませんでした。そんな生活を3ヶ月して、自ずと英語は前より話せるようになりました。

やはり実際に使うのが、語学力を伸ばすには大事ですね。

 

5. 肉をあまり食べなくなった

日本にベジタリアンやビーガンはあまりいませんが、船ではそういった人たちにたくさん出会いました。宗教上の理由で肉を食べない人たちもいました。

また、ケニアで牛の屠殺を初めて見ました。1ヶ月間、牛や豚の世話をしていました。新たな命が誕生したと思ったら、別の日には昨日まで元気だった豚が死んでいました。

動物の命の大切さや、有り難みを感じると同時に、かわいそうだと思いました。

そんなわけで、あまり肉を食べなくなりました。

 

6. 自分が好きになった

なぜかと言われると難しいのですが、「自分が好き」と思えるようになりました。心の声に従い、心からやりたいことをやる…。シンプルですが、そうすることで、「自分が好き」と思えるようになったのかもしれません。

あとは、船で色々な人に出会い、ありのままの自分を受け止めてくれる人に出会い、「私は私でいいんだ」と思うことが出来たからかもしれません。

 

以上、休学を通しての自分の変化について書きました。

一方で、変わらなかったこともあります。

例えば、国際協力への興味。船で様々な問題について知り、ケニアで様々な問題を見て、より一層国際協力に関わっていきたいという思いは強くなりました。

あとは、海外への興味。3ヶ月も海外にいたら、しばらくは日本にいたいと思うかと思っていましたが、今も海外へ行きたい気持ちはなくなりません。もっともっと知らない場所へ行ってみたい、そんな思いが強まりました。

 

自分のやりたいことが分かっているのに、行動に移せない人がいたら、それはとても勿体無いと思います。

環境が整っているのであれば、行動しない手はないと思います。

やらない言い訳をするのは簡単です。

何かに挑戦するには、不安がつきものです。

しかし、動いてみたら意外とどうにかなったりするもので、それを越えた先にしか見えない景色もたくさんあります。

それでも行動出来ないのであれば、きっとそれは”本当にやりたいこと”ではないのだと思います。

 

…偉そうなこと言いましたが、こうして自分にも言い聞かせています。笑

心の声に従って、生きていきたいですね。

 

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

 

 

It's getting colder day by day here, Hokkaido.

Today I'll talk about how I've changed compared before I took a gap year and now.
In a year, I joined "ship for world youth leaders", I stayed in Kenya and rest of time I worked as a part time job.
I'll talk in a six categories.

 

1. Confidence
Taking a gay year, travel by the ship, staying at Kenya...these experiences were not for many people. I mean I choose a little bit strange choices. So sometimes I felt anxious. Also I thought even if I failed something, it's just because of my responsibility. But although it's not ordinary and easy choice, now I've finished it and backed university safely. So that why I feel confidence now.
Sometimes I had a hard time. But all these times many people supported me so I could overcome these difficulties.
I challenged, failed, again challenged, success...during my gap year, my life was such like that.

 

2. It Will Be Alright
Even before I took a gap year, I usually thought "It will be alright." But after I backed Japan from Kenya, I've thought it more.
I thought it is because I experienced many hard time then I could overcome.
When I faced difficulties, I felt "I've overcome many problems. So this time also I can overcome it."
Maybe Kenyan people will say "Hakuna matata.(No problem)"

 

3. Don't Hurry...
Before I went Kenya, I always hurried. My schedule was really tight. But now I don't hurry anymore. I keep on time but I don't too hurry now. In Kenya, people didn't hurried, they relaxed, they walked slowly. At first, I was confused because it was really different from Japan. But in a few weeks later, I got used to these slow African time. I noticed "We don't have to hurry too much. We can go on own pace." Also these African time made me relax.
I wanted to say "Don't hurry. Relax and slowly. Why do you so hurry?" to past me.

 

4. English
My English skills were somehow improved. In the shop program, about half a day I used English. In Kenya, I used almost only English because there were only few Japanese people there. Through these life my English were improved at least.
It's very important to stay abroad to improve language skills, isn't it?

 

5. Food
There are not so many Vegetarians and Vegans in Japan. But on the ship, I met a lot of these people. Also I met people who don't eat meat because of their religion.
In Kenya, it was a first time to see slaughtering caw. Also I took care of caw, pigs and goats in a month. One day pig gave birth, another day some pigs died.
I felt how beautiful animals life were. Also I felt sorry for cattle to eat.
Now I don't eat a lot of meat.

 

6. I Like Me
I don't know why exactly but I like me now. Before I took a gap year, I didn't like me. I followed my heart, I did something what I really wanted...it's very simple. But I wonder such like that, I like me now.
Also on the ship, I met a lot of people from many countries. Everyone were different and unique. I realized "I don't have to pretend to someone. I am only one person in the world."

So I told you how I changed through gap year.
On the other hands, there are also something didn't change.
For example, I'm still interested in international cooperation. On the ship I knew many problems in the world. In Kenya, I saw many problems directly. Now I want to know international cooperation more.
Also I still love traveling abroad. I thought I wanted to stay in Japan for a while after staying abroad three months. But still I want to go abroad. Of course I love also Japan but my feelings which I want to go abroad become stronger.

 

If you don't move although you notice what you want to do, I think you should move now.
If the environment is no problem, you can move.
It is easy to think excuse not to move.
When you challenge something, most of the time you have anxiety.
But once you start moving, I think it will be alright, and you will experience many wonderful experiences.
But if you still can't move, maybe it's not things you really want.
...I wonder if I was a little bit arrogant to say these things. But I also said to me like this.
I want to follow my heart every day. Don't you think so?

Thank you very much for reading!

 

去年の七夕に書いた短冊。

I wrote it last year's June. I wrote "After one year, I hope I will have more confidence. And I wish people around me are smiling always."

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スワヒリ語

Jambo! (English after Japanese) 

 

皆さん、ケニア人は何語を話しているか知っていますか?

ケニア公用語は英語で、私の出会った人たちはほとんど英語がペラペラでした。小学校から授業は全て英語で行われていますが、そのため教育をあまり受けることが出来なかった人は話せないです。そのような人たちは、国語であるスワヒリ語か、42あると言われている現地語を話します。

また、英語が堪能な人であっても、ケニア人同士の会話は大抵スワヒリ語のようでした。英語は”外国人用”の言葉みたいです。

英語でも問題ないかと思いますが、スワヒリ語が話せるとよりケニア人と仲良くなれると思います。

 

というわけで、今日はスワヒリ語を少し紹介します。

ちなみに、スワヒリ語タンザニアウガンダの一部でも話されています。

 

こんにちは(お元気ですか)。  Habari yako.

はい、元気です。 Nzuri sana.

(本当に) ありがとう。Asante (sana).

どういたしまして。(ようこそ。) Karibu.

すみません。Samahani.

さようなら。 Kwa heri.

また会いましょう。 Tutaonana tena.

はい。 Ndiyo.

いいえ。 Hapana.

 

私の名前は〜です。 Mimi ni…

あなたの名前は何ですか。 Jina lako nani?

私は日本人です。Nina toka Japani.

 

何 nini

いつ lini

どこ wapi

誰 nani

なぜ kwa nini

私 mimi

あなた wewe

 

その他、ケニア滞在中によく聞いた言葉…

こっち来て  kuja

あっち行って  toka

どこへ行くのですか。 Unaenda wapi?

分かりました。 sawa

他 ingine

少し kidogo

お気の毒に pore

昨日 jana

今日 leo

明日 kesho

食べ物 chakula

水 maji

冷たい baridi

 

 

参考 「地球の歩き方2016〜17 東アフリカ」

ケニア人の友人に教えてもらったものもあります。

 

こうして書き出してみると、スワヒリ語がとても懐かしくなってきました。笑

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

 

地球の歩き方 2016〜17 東アフリカ」→https://www.amazon.co.jp/地球の歩き方-東アフリカ-ウガンダエチオピアケニアタンザニアルワンダ-2016-2017-地球の歩き方E09/dp/4478049343/ref=pd_lpo_sbs_14_t_0?_encoding=UTF8&psc=1&refRID=G7E4WQ12YT6YMHSE2F56

 

「ニューエクスプレス スワヒリ語」→https://www.amazon.co.jp/ニューエクスプレス-スワヒリ語-竹村-景子/dp/4560085277/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1508299277&sr=1-1&keywords=スワヒリ語

 

旅の指さし会話帳60ケニア(スワヒリ語)」→https://www.amazon.co.jp/旅の指さし会話帳60ケニア-スワヒリ語-ここ以外のどこかへ-宮城-裕見子-ebook/dp/B01LZ55329/ref=sr_1_6?s=books&ie=UTF8&qid=1508299277&sr=1-6&keywords=スワヒリ語

 

 

Do you know what the language Kenyan people use?
In Kenya, the official language is English. So most of the people I met in Kenya speak English. Since primary school, classes are held by English. People who didn't enjoy enough education can't understand English. Those people speak Kiswahili, which is the national language, and local language.
Even if people speak English fluently, generally it seemed that they use Kiswahili. They use English only for foreigners. So if you understand English, most of the time it's no problem. But if you understand Kiswahili, I think it's easier to become friends with Kenyan people.

 

So today I would like to tell you Kiswahili a little.
By the way, Kiswahili are also spoken in some parts of Tanzania and Uganda.

 

How are you?  Habari yako.
-I'm fine.  Nzuri sana.
Thank you (very much) Asante (sana).
-You're welcome.  Karibu.
Excuse me. Samahani.
Good bye.  Kwa heri.
See you. Tutaonana tena.
Yes.  Ndiyo.
No. Hapana.

My name is …  Mimi ni…
What's your name?  Jina lako nani?
I come from …  Nina toka….

what  nini
when  lini
where   wapi
who  nani
why  kwa nini
me  mimi
you  wewe

And these are some word I often heard in Kenya.
come here   kuja
go away   toka
Where are you going?  Unaenda wapi?
Okay.  sawa
another   ingine
small, little   kidogo
I'm sorry   pore
yesterday   jana
today  leo
tomorrow  kesho
food  chakula
water  maji
cold  baridi

 

References " 地球の歩き方2016〜17 東アフリカ(Chikyu no arukikata 2016-17 East Africa)"
There were some words Kenyan friends told me.

 

When I wrote this post, I missed Kiswahili...lol

 

Thank you so much for reading!

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明るい笑顔と、その裏にひそむ厳しい現実

Jambo! (English after Japanese)

 

ケニアの田舎町で出会った、ある若い女性の話。

 

 

20代半ばの彼女は、3人の息子を持つシングルマザーです。

10代前半で長男を出産、その後20代で次男と三男を出産しました。

 

 

10代前半で出産…そう聞いて驚かないでしょうか?

彼女は、そうしたくてそうしたわけではありません。

なぜ、そうなったのか。

それは、彼女のお父さんが若くして亡くなったからでした。

お父さんは仕事をして、家族を支えていました。

彼女は小学校に通い、勉強していました。

しかしある日、お父さんが亡くなってしまいました。

彼女は小学校を中退し、結婚しなければなりませんでした。

(※ケニアの教育制度は、小学校8年、高等学校4年、卒業後に大学という形です。)

 

お父さんが亡くなり、なぜ結婚しなければいけなくなったのか。

ケニアでは結婚する時に、婿が花嫁の親に”牛や現金を支払う”という習慣があります。

つまり、あとは私の推測ですが、家族の大黒柱を失った彼女の母親は、他の子供達を育てるためにも、彼女を嫁に出し、牛や現金をもらうという選択肢を選ばざるを得なかったのだと思います。

 

 

約20も歳上の男性と結婚した彼女は、長男を出産しました。

しかし、彼にとって彼女は一番目の妻ではありませんでした。

ケニアの田舎町では、一夫多妻制の家族が今も見られます。

彼女は、彼にあまり大切にしてもらえませんでした。

苦痛に思った彼女は、その後離婚しました。

それから彼女はシングルマザーとして、息子たちを世話しています。

 

 

彼女は、とても強く、明るく、20代半ばとは思えないほど頼り甲斐がありました。

何度も精力的に支えてくれ、助けてくれ、アドバイスをくれた彼女は、歳は私とほとんど変わりませんが、母親のような存在であり、そして良き友達です。

 

 

これまでの道のりは楽なものではなかったはずです。

しかし、数々の経験が、彼女を強くしたのではないかと思います。

というか、強く、明るくいなければ前に進めなかったのかもしれませんね。

 

…ここまでだと、「大変な境遇でも強く生きるアフリカの女性」という、美しい話になりそうですが、現実はそれほど綺麗ではありませんでした。

 

別の日、彼女と再会を果たした時のこと。

初めは懐かしい思い出話なんかをして笑っていました。

途中から、彼女の長男の話が始まりました。

長男は高等学校に通っていますが、年間3万円の学費を支払うことが難しく、息子を進級させらないんだとか。

話を聞くと、次男と三男も就学前クラス(日本でいう幼稚園のようなクラス)に通っておらず、家にいるだけのようでした。

仕事について聞くと、地元の町でアクセサリーや服を売っていますが、ほとんど売れないので収入はほとんどないそうです。

一緒に住む母親も仕事はしていません。

 

 

「息子のスポンサーが見つかれば、進級させられるんだけどね…」

彼女はそう呟きました。

要は、私にスポンサーになってほしいということですね。

お金やものをねだられることには慣れてきていましたが、通りすがりの人に言われるのと友達に言われるのとでは全然違います。

ショックでした。

正直、3万円は私にとってもそんな簡単に払えるものではありません。

しかも、それが1回きりで終わるとも思えなければ、次男や三男の教育費も必要になってくるのも目に見えています。

その時、私は3万円も現金を持ち合わせていなかったですし、すぐにそれだけの現金を得ることも不可能でした。

彼女は交通機関を使用して私に会いに来てくれたので、それを賄えるくらいのお金になればと思い、結局500sh(約500円)を手渡しました。

丁寧なお礼を期待したわけではありませんが、「ありがとう」と、さらっと500sh札を受け取った彼女は、どこかそういったことに慣れているのではと思ってしまいました。

 

 

国連機関やNGOに寄付したりもしますが、基本的にお金はあまりあげたくないと思っています。

”援助慣れ”を引き起こすと思っているので。

あとは、一人にお金をあげたら、他の人はどうしたらいいんだろうって思ってしまいます。

困っているのは一人ではありません。

苦労している人は山ほどいます。

冷たいと言う人もいると思いますが、言ってしまえば、お金を渡し始めるときりが無いと思うんです。

 

彼女には、良い仕事が見つかるといいね、そう言ってさよならをしました。

しかし、ケニアで仕事を見つけるのがどれだけ大変か、3ヶ月間ケニアの人を見てきて、それが簡単ではないことも分かっていました。

ケニアでは、日本では信じられないほど仕事を見つけるのが大変です。

高学歴化が進んでいて、大学を卒業したとしても、仕事が見つからないなんてケースがたくさんあります。

そんな状況なので、田舎町で、さらに小学校も中退しているとなると、職探しがどれだけ大変なことか…。

 

 

彼女は、「お父さんがまだ生きていれば、教育も続けられたし、こんなに大変じゃなかったはずなのに…」

そう呟いていました。

 

中々厳しい状況ですが、彼女が仕事を見つけ、安定した現金収入を得られるようになり、息子たちがちゃんと教育を受けられるようになることを祈るばかりです。

それと同時に、酷すぎる就職難の状況や、早すぎる結婚、それに伴う教育の中断など、様々な問題も気になって仕方ありません。

 

今日も、最後まで読んでいただきありがとうございました!

 

 

Today I will tell you the story about one young Kenyan lady who, I met in rural areas.

She is mid-twenties. She is a single mother who has three sons.
She gave birth the first born in her early teens. Then she gave birth two sons in mid-twenties.

 

Did you surprised that she gave birth in her early teens?
She did do that not because she wanted, because she didn't have another choice.
Why?
It was because of her father's death.
He worked and supported family budget.
She went to primary school to study.
But when her father died, she had to quit going school and marry.
( In Kenya, primary school is eight years, high school is four years. After that some people go to university.)

 

Why did she have to marry when her father died?
In Kenya, there are custom that husband has to give money and caws to wife's parents when they get married.
So, I guess her mother didn't have another choice to take care of other children. She lost her husband and income but she had a lot of children.

 

She married the man who was over twenty years older than her. She gave birth.
Her husband had some wife. In some parts of Kenya, husband are allowed to have some wife.
She didn't like him because he disturbed her. So they divorced.
After that, she have taken care of children as a single mother.

 

She is really strong, positive,and has reliability. I can't believe that she is only a few years older than me.
She helped and supported me many times. She was good friends and also like mother for me.

 

It seemed that she overcame some difficult situations. But I think these experiences made her stronger. Or, she had to be strong and positive to overcome some difficulties .

 

For now, it seems that beautiful story like "strong women in Africa". But actually it was not just a beautiful story.

 

On another day, I met her again.
At first we talked about our memories, laughed and took photos. We enjoyed together.
Then she started taking about her son who was a high school student.
It was hard for her to pay three hundreds dollars per year as a school fee. So she wanted her son to continue education but it was difficult.
Also her another son didn't go to baby school, which is like a kindergarten.
She sells clothes and accessories in her town but she said people hardly bought it.
Her mother who lives with her doesn't have a job.

 

She said "If someone becomes my son's sponsor, he will continue his studies..."
It meant that she wanted me to become his sponsor.
I got used to asked money or something by strangers. But it was shocking for me to be asked by my friends.
Actually three hundreds dollars was not so cheap for me.
Also I didn't think it was only that time. If I give her money, I will be asked money again next year I thought. Also her second and third sons too.
At that time, I didn't have three hundreds dollars and it was impossible to prepare that amount of money in cash.
She used bus to see me. So finally I gave her about five dollars for bus fare.
It didn't mean that I expected polite appreciation from her. But she said "Thank you" and put money into her bag naturally. It looked that somehow she got used to these things.

 

Although I've donated to UNHCR and NGO, I don't like donations generally. Because it will cause problems that people, who usually in developing countries, will used to be supported money. Also, if I give money to someone, I am considering about another people. It's not a few people who need money. Maybe someone will say I am not kind. But I can't give money to all the people who need it.

 

I said " I wish you will find good job." and said goodbye to her.
But I knew it was really hard to find job in Kenya.
Even if people graduated university, there are no promises to get job. Because now many people go to university.
In such a situation, I knew how hard it was for people who didn't graduate primary school to find job in rural areas...

 

She said " If my father still arrives, I have continued my studies. And it will not be so hard to live a life..."

 

It was really difficult situation for her. I just wish she will find job, get a enough money so that her children can enjoy education.
Also at the same time, I am concerned about difficulties of finding jobs, getting married in too early age, stopping education in early ages and so on.

Thank you so much for reading!

 

下の写真は、とある道を撮っただけで、話の女性とは無関係です。

This road was just I took a photo in Kenya, it was not related with lady I wrote today.

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キクユ語

Jambo! (English after Japanese)

 

 

函館に戻り、すっかり日本での日常に戻りました。

函館は、木の葉が黄色や赤に色付いていて、栗が落ちていたりします。

 

今日は、キクユ語を紹介します。


前にも触れましたが、ケニアには40を超える民族が住んでいて、各民族が各々の言語を持っています。

 

8月中旬から約1ヶ月間滞在していたThikaは、キクユ人が多く住む地域でした。

 

元気ですか? wimwega (ウェムウェーガ)
-はい、元気です。 ndimwega (ディムウェーガ)
私の名前は〜です。 njitaguo (ジタッグウォ)
あなたの名前は何ですか? witaguo atia? (ウィタッグウォ アーティア)
ありがとう。 thengio (テンギオ)

-どういたしまして。karibu (カリフ) ※スワヒリ語だと発音は”カリブ”

ごめんなさい。 sorri (ソーリ)
おはようございます。  wimwega rucini (ウィムウェーガ ルシ二)
こんにちは。(午後の挨拶) wimwega mwiraho (ウィムウェーガ ムウィラホ)
こんばんは。 wimwega hwaini (ウィムウェーガ フワイニ)
おやすみなさい。 utuku mwega (ウトゥク ムウェーガ)

さようなら。 tuonan(トゥアナネ)

どこ  niku (ネク)
だれ nu (ノウ)
いつ niri (ネリ)
なに ati (アテ)
どのように atia (アティア)

はい ini (ユニ)
いいえ aca (アシャ)

私 nii (ニー)

あなた we (ウィー)

魚 thamaki (タマキ)

ヤギ muburi (ムブリ)

牛 ng'ombe (ンゴンベ)

ニワトリ nguku (グク)

 

※上記ではu(ウ)の発音になる音はuで表記していますが、本来は”w”を使用します。

※単語の初めの"n" は発音しません。

※ i と表記したもののいくつかは、本来はiではなく、上の点の部分が ~ のような文字です。キーボードでその文字を発見出来なかったので、i で代用しました。

※発音のカタカナ表記は、参考程度に見て下さい。

 


これらはキクユ人の女性に教えてもらいました。
キクユ人はケニアで最大の人口を占める民族で、中央部に多く住んでいます。

 

驚いたのは、全てのキクユ人がキクユ語を話せるわけではないということです。
年配の人はキクユ語を使っていますが、若い世代はあまりキクユ語を話さないんだとか。


あるキクユ人の女性が、こう話していました。
「子供たちはキクユ語分かんないよ。ここには色んな民族の人が住んでて、キクユ語じゃコミュニケーションとれないからね。この子たちはスワヒリ語と英語だよ。」
第一言語が現地語でなく、スワヒリ語になっているようです。


公用語であるスワヒリ語の方が便利なのは確かですが、現地語が使われなくなってきているのは、なんだか寂しい気もします。

 

今日も最後まで読んで頂き、ありがとうございました!

 

 

 

I have backed Hakodate, where my university places in. 

My life in Japan has also backed.

Now many leafs colors turned red and yellow. Also I saw chestnut in its burr.

 

Today I would like to tell you Kikuyu languages a little.

 

As I said before, there are over 40 tribes in Kenya. Each tribes have each languages.
I had stayed in Thika, where many Kikuyu people live in, for about a month. 

 

 (English-Kikuyu)

How are you?-wimwega 
-I'm fine.-ndimwega 
My name is... -njitaguo 
What's your name? -witaguo atia? 
Thank you. -thengio 
-You're welcome. -karibu 
Sorry. -sorri 
Good morning. -wimwega rucini 
Good afternoon.-wimwega mwiraho 
Good evening. -wimwega hwaini 
Good night. -utuku mwega 
See you. -tuonan
Where -niku 
Who -nu 
When -niri 
What -ati 
How -atia 
Yes -ini 
No-aca 
Me -nii 
You -we 
Fish -thamaki 
Goat  -muburi 
Caw -ng'ombe 
Hen -nguku

 

※I wrote "u" which sound is "u". But by all rights, it should be written "w".
※If the head letter of the world is "h", you don't pronounce the sound "h".
※I used sometimes "i", but by all rights, it should be another word which similar to "i". I'm sorry but I couldn't find that letter on my keyboard so I used "i" instead of correct letter.

 

Kikuyu lady taught me these words.
Kikuyu has the biggest population in all tribes in Kenya. In central part of Kenya, there are many Kikuyu people.

I was surprised that not all the Kikuyu people speak Kikuyu language. It seems that old people speak Kikuyu but young people and children don't.

 

One Kikuyu lady said "My children don't understand Kikuyu language. Here in this town, various tribes live in so we communicate in Swahili. So my children speak Swahili and English."
It seems that first language is Swahili, not mother tongue for some children.

It is clear that Swahili language is more convenient than local language. Because Swahili language is a national language in Kenya. But I feel little sad that local languages are not used by many people nowadays.

 

Thank you very much for reading!

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帰国!

Jambo! (English after Japanese)

 

先日の26日、ついに帰国しました。

日本はすっかり秋ですね。

そして、日本は静かだなと感じます。

 

 

アフリカに滞在した3ヶ月間を、ざっと振り返ってみようと思います。

 

6月22日 日本を出国

香港、アディスアベバ、ナイロビを経由してルワンダへ。ルワンダ小旅行しました。

 

6月25日 ルワンダからケニア

数日間、友達の家にお世話になりました。SWYのみんなとも再会しました。

(※SWY →http://swy29sayuri.hatenablog.com/entry/2017/05/10/204610 )

 

7月1日 カカメガ

ケニア西部のカカメガにいました。体調を崩して、ほとんどボランティア活動は出来ませんでした。

 

7月10日 ナイロビ

再び友達の家に泊めてもらいました。観光したり、友達に会ったりしていました。

 

7月16日 キベラスラム訪問

 

7月17日 Oyugis 

ケニア西部のOyugisへ。数ヶ国のメンバーで、ワークキャンプをしていました。主な活動先は小学校でした。

 

 

8月4日 ナイロビ

大統領選挙期間中、NGOのオフィスにこもっていました。

 

8月15日〜9月19日 ティカ

ナイロビから車で1時間ほどのティカへ。有機農業の学校でボランティアをしていました。日々、家畜の世話や農業の手伝いをしつつ、週末は友達に会ったり、タウンに出掛けたりしていました。

 

 

9月9、10日  モンバサ小旅行

 

9月12日 モヨ・チルドレン・センター訪問

(※センターにもついて→http://moyo.jp/mcc.htm /facebookhttps://m.facebook.com/thika.kenya/ )

 

 

9月20日〜22日 Oyugis

再びOyugisへ。子供たちや先生方と再会しました。

 

9月23日 ナイロビ

友達の家へ。

 

 

9月24日 出国

ケニアを主発。アディスアベババンコクを経由し日本へ。バンコクでは待ち時間が長かったので、先にバンコクに来ていた友達と遊びました。

 

9月26日 帰国

 

3ヶ月振りに日本に戻ってきて…

無事に帰国して安心しました。

家族に会えて嬉しいです。

 

 

それと同時に、

ケニアで出会った素敵な人々、騒がしい街中、ぎゅうぎゅう詰めのマタツ、ほんの少しだけ覚えたスワヒリ語、毎日のように食べたウガリ…

ケニアが恋しいです。

 

3ヶ月も海外に滞在したのは初めてでした。

1週間くらいの旅行で行くのとは違い、良い部分もそうではない部分も、より色々な面が見れました。

新たな町に行く度、新たな人に会う度にケニアの知らなかった部分を知ることが出来る気がして、もっと時間があったら、もっと色々な町に行きたかったです。

 

だんだん友達が増えていき、だんだん一人で出来ることが増えていき、知ってることが増えていきました。

宗教について聞かれることが多く、また多くの敬虔なキリスト教徒に出会ったことで、もっと宗教について勉強したいと思いました。

大統領選挙を間近で観ていて、ケニアの政治についてもっと知りたいと思いました。

もう日本に帰りたい、そう思ったこともありましたが、やっぱり3ヶ月いて良かったです。

3ヶ月いたからこそ気付けたことが、たくさんあったと思います。

 

ケニアで出会ったみんなには、感謝の気持ちでいっぱいです。

 

みんなに会いに、またケニアに行きたいです。

それが何年後になるかは分かりませんが、きっとまた行くんだろうな、そう思います。

 

 

そして、このブログの今後について。

ケニアから帰ってきたわけですが、まだ書きたいことがあるので、しばらくは続けます。

今後も読んでもらえたら嬉しいです!

 

明日から函館です。

大学生に戻ります。

懐かしいみんなに会えるのが楽しみです。

 

今日も読んでいただきありがとうございました!

 

 

A few days ago, 26 September, finally I've backed Japan.
Now Japan is autumn.
And I feel that Japan is more quite than Kenya.

I'd like to tell you about short summary of staying in Kenya for three months.

 

22, June
I left Japan. Via Hong Kong, Addis Ababa, Nairobi, then I visited Rwanda. I walked around just a few days in Rwanda.

25, June
I left Rwanda to Kenya. I stayed in my friends house. I met again SWY friends. (※SWY→ http://swy29sayuri.hatenablog.com/entry/2017/05/10/204610)

 

1, July
I went to Kakamega where placed in west part of Kenya. I had a sick so sadly I couldn't do almost nothing there.

10, July
I backed out Nairobi. I stayed my friends house again. I went sightseeing and I met my friends.

16, July
I visited Kibera slum.

 

17, July
I went to Oyugis where placed in west part of Kenya. With some other volunteer members, we did a workcamp. Main activities held on primary school.

4, August
I backed Nairobi. Because of the presidential election, I just stayed in a NGO's office.

 

15, August - 19, September
I had stayed in Thika where close town to Nairobi. I did volunteer work at school of organic farming. In weekdays I helped taking care of animals and farming, in weekends I met friends or went to the town.

9-10, September
I traveled Mombasa.

 

12, September
I visited Moyo Children Center.
( ※http://moyo.jp/mcc.htm /facebookhttps://m.facebook.com/thika.kenya/ )

20-22, September
I visited Oyugis again. I met many students and teachers again.

 

23, September
I went to Nairobi and stayed in my friends house.

24, September
I left Kenya. Via Addis Ababa, Bangkok then backed to Japan. In Bangkok, I met my friends who arrived there before me.

26, September
I backed Japan.

 

After three months again I backed Japan...
I relieved that back to Japan safely.
I'm happy to meet my family.

But at the same time,
wonderful people who I met in Kenya, noisy town, matatu which was too crowded, Swahili language which I remembered just a few words, ugali which I ate almost everyday...
I miss Kenya so much.

 

It was a first time for me to stay in abroad long term like three months.
When I compared with short trips like one week, I saw more various parts of Kenya both positive one and negative one.
More I visited many places and met new people, more I knew a lot of things of Kenya. I wish I visited more places if I had more time.
Little by little, I became more friends, I could do many things, I learned many things.
I was asked about religion many times. And I met many religious people in Kenya. So I'm interested in religion more.
I stayed in Kenya during presidential election so I'm interested in politics in Kenya.
Sometimes I missed Japan but it was really wonderful experience.
I think I learned more thanks of staying there longer.

 

I really appreciated my friends who met in Kenya.

I want to visit Kenya again to see them.
I don't know when, but I know I will visit again there.


And this blog,
I backed Japan from Kenya. But still I want to share more things so I will continue writing.
If you will continue reading, I'm so happy.

Tomorrow, I will back to Hakodate where my university places in.
I will back to be student.
I'm looking forward to seeing my friends.

Thank you very much for reading!

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